JOURNAL

「SETOUCHI」制作のサイドストーリー
  • # 素材を味わう,
  • # 素材を楽しむ

2025.12.14

「SETOUCHI」制作のサイドストーリー

瀬戸内の自然と人が織りなす、一瞬のきらめきを形にした倉敷帆布の新しいカラー帆布シリーズ「SETOUCHI」。この記事では、7つの色が生まれるに至った制作のサイドストーリーをご紹介します。   話し手:武鑓綾香、武鑓悟志(ともに倉敷帆布株式会社)聞き手:中川晃輔、中川美和子/日々木々(編集・デザイン) ――:今回新たにリリースされた「SETOUCHI」シリーズは、7つの色で展開されています。この7色は、どんな経緯で生まれたのでしょうか?悟志:瀬戸内の色を生地にのせたい、というアイデアが出たのは2024年でした。「まずは海かな。瀬戸内の海といえば、こういう色だよね」というふうに、アイデアベースで話しはじめて。カラーチップをさわりながら考えていくうちに、少しずつ具体的な場所と色が紐づいていったような流れです。――:最初に着目したのは。悟志:まずは瀬戸田のレモンですね。あとは空なのか海なのか、当時は未確定だったんですけど、ブルー系も入れることは決めていました。綾香:色が増えていくなかで、全体のバランスも意識しましたね。やっぱり、複数色並んだときの美しさも大切にしたい。それで、途中でベンガラレッドを増やしたり、当初案にあがっていたストーングレーはなくしたり。 ――:選抜されて、この7色が残った。綾香:そうですね。 綾香:どの色もそうなんですけど、奥行きというか。「この色とも言えるし、こういう色にも見えるよね」っていう複雑さの表現は、何度も検討を重ねました。悟志:日生の牡蠣の色は、もともとはオイスターピンクと呼んでいて。ピンク色が前面に出てくるようなイメージだったんですが、生地に落とし込んでみると色味が薄まってしまったんです。最終的には、オイスターシルバーという名前に変えて。本当に、目で見える色の表現はすごくむずかしいなと感じましたね。――:光の加減によって見え方も変わりますし、とくにライスグリーンのような淡い色は、小さな画面上では伝わりにくいかもしれません。手にとって、ふれてみて、はじめて伝わる味わいがある。悟志:「SETOUCHI」シリーズと向き合うことで、あらためて本物のすばらしさに気づけたような気がします。――:自然や、そこから生まれるもの、「そのもの」の美しさに。悟志:そうですね。今回着想を得た風景や素材は、すべて現地まで行って撮影しています。たとえばダスクネイビーやトワイライトブルーは、それぞれ2〜3時間ほどカメラを構えて、日が暮れていく様子を撮影しました。そんなに長時間、海や空を眺めることってないじゃないですか。そうすると、太陽のオレンジが混ざったり、まちの灯りがつきはじめたり、波の動きがあったり。小さな変化がよくわかるんです。身近にありながら、見落としている自然の魅力がたくさんあるんじゃないかなって。 悟志:オリーブグリーンも、最初は実をイメージしていました。ただ実際は、ライトグリーンから徐々に紫がかっていくので、実が深い緑色になるタイミングってなくて。より印象に残ったのは、葉の色だったんですよね。その葉も、裏表があったり、裏側にはうっすら毛が生えているような感じがしたり。 画面上や頭のなかで「こうだろう」と見立てた色が、実際に行ってみるとそこにないことも多かったです。直接足を運んだことで、気づけることがたくさんありましたね。 綾香:観光パンフレットに載っているような“瀬戸内”のイメージってあるじゃないですか。天気がよく、波も穏やかで、青々とした瀬戸内海が広がっていて…という。そうではなくて、よりわたしたちの身近なところにある瀬戸内の色を表現したかったんです。 ダスクネイビーなんかは、きれいな夜景の雰囲気もありつつ、工業地帯の殺伐とした感じもある。そういう瞬間がリアルだと、個人的には感じていて。何気ない瀬戸内の魅力こそ、今回のシリーズを通して伝えたいですね。 悟志:各地をめぐるなかで、自分たちのものづくりに対する向き合い方にも変化があったように思います。 ――:詳しく聞きたいです。  悟志:ライスグリーンは、備前市で160年以上前からつくられている雄町米の色なんですが、じつは一度栽培が途絶えそうになっているんです。背丈が高く、病虫害にも弱いので、育てるのがとてもむずかしい。それを地元の酒蔵の前当主が復活させて、今に続いているそうです。 日生の牡蠣も、撮影時は市場でほとんど牡蠣を販売していなくて。唯一水揚げ作業をされていた事業者さんに話しかけると、今年は不作であまり出回ってないよ、と。大変な仕事だから、自分たちの代でやめようと思っている、ともおっしゃっていました。 環境の変化によって、1〜3年かけて育てたものが商品にならなくなってしまう。かといって、海水温をコントロールすることはできない。そんななかで、収穫の時期を早めたり遅めたり、いろんな工夫をしながら事業をされている。そういったお話が、同じものづくりをしている立場として、衝撃的で。 自然相手の仕事という意味では、オリーブやレモンも同じなんですよね。翻って、自分たちはどんなふうにものづくりをしていくのか。あらためて考えさせられました。 ――:帆布も、時代とともに使われ方が変化してきているものですよね。はじめはその名の通り船の「帆」として生まれ、高度経済成長期にはトラックの幌など、資材用途で大量生産・大量消費されて。近年はファッションやインテリアに取り入れられる機会も多くなっています。 悟志:壁紙やバッグ、ソファーの張り地など。人の手にふれるシーンが増えてきているように感じますね。 「SETOUCHI」シリーズをつくってみて、生地にふれるところから、実際にその場所に行ってみたい、その色を見てみたいとか。もしかしたら、それぞれの地域にも興味をもっていただけるんじゃないかなと思ったんです。帆布がそのきっかけになったらいいなと。 ――:帆布の可能性を広げるきっかけにもなりそうですよね。「SETOUCHI」シリーズの今後については、どんな展開を期待していますか? 綾香:わたしたちは、この瀬戸内という地域の自然や、先人が紡いできた歴史があってこそ、ものづくりができているのだと思います。そこからインスピレーションを受けて生まれた「SETOUCHI」シリーズは、瀬戸内の魅力を伝える生地でありたいと思っていて。 織りの密度が高く、経年変化によってより美しくなる。そういった、倉敷帆布が受け継いできた品質の部分はしっかりと守りながら、世界観や背景のストーリーも含めて共感してくださった方々とのコラボレーションの機会も、増やしていけたらいいなと思います。 悟志:瀬戸田のレモンの撮影に行ったときに、地元でお店をやっている方とお話しする機会があったんです。そこでレモンイエローの帆布の話をしたら、「めっちゃいいですね!」と言ってもらえて。今度、何か一緒につくらせてもらうことになるかもしれません。  いろんな方に使っていただきたいんですが、何よりこの7つの色が生まれた場所の方々に、いいなと思って使っていただけたらうれしいです。 —————— 「SETOUCHI」シリーズの制作は、わたしたち自身も、これまで当たり前にふれてきた帆布という素材や瀬戸内という地域と出会い直す、よいきっかけとなりました。 その過程で見えてきた帆布や瀬戸内の魅力を、ものづくりを通じて丁寧に伝えてまいります。

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2025.12.14

「SETOUCHI」制作のサイドストーリー

瀬戸内の自然と人が織りなす、一瞬のきらめきを形にした倉敷帆布の新しいカラー帆布シリーズ「SETOUCHI」。この記事では、7つの色が生まれるに至った制作のサイドストーリーをご紹介します。   話し手:武鑓綾香、武鑓悟志(ともに倉敷帆布株式会社)聞き手:中川晃輔、中川美和子/日々木々(編集・デザイン) ――:今回新たにリリースされた「SETOUCHI」シリーズは、7つの色で展開されています。この7色は、どんな経緯で生まれたのでしょうか?悟志:瀬戸内の色を生地にのせたい、というアイデアが出たのは2024年でした。「まずは海かな。瀬戸内の海といえば、こういう色だよね」というふうに、アイデアベースで話しはじめて。カラーチップをさわりながら考えていくうちに、少しずつ具体的な場所と色が紐づいていったような流れです。――:最初に着目したのは。悟志:まずは瀬戸田のレモンですね。あとは空なのか海なのか、当時は未確定だったんですけど、ブルー系も入れることは決めていました。綾香:色が増えていくなかで、全体のバランスも意識しましたね。やっぱり、複数色並んだときの美しさも大切にしたい。それで、途中でベンガラレッドを増やしたり、当初案にあがっていたストーングレーはなくしたり。 ――:選抜されて、この7色が残った。綾香:そうですね。 綾香:どの色もそうなんですけど、奥行きというか。「この色とも言えるし、こういう色にも見えるよね」っていう複雑さの表現は、何度も検討を重ねました。悟志:日生の牡蠣の色は、もともとはオイスターピンクと呼んでいて。ピンク色が前面に出てくるようなイメージだったんですが、生地に落とし込んでみると色味が薄まってしまったんです。最終的には、オイスターシルバーという名前に変えて。本当に、目で見える色の表現はすごくむずかしいなと感じましたね。――:光の加減によって見え方も変わりますし、とくにライスグリーンのような淡い色は、小さな画面上では伝わりにくいかもしれません。手にとって、ふれてみて、はじめて伝わる味わいがある。悟志:「SETOUCHI」シリーズと向き合うことで、あらためて本物のすばらしさに気づけたような気がします。――:自然や、そこから生まれるもの、「そのもの」の美しさに。悟志:そうですね。今回着想を得た風景や素材は、すべて現地まで行って撮影しています。たとえばダスクネイビーやトワイライトブルーは、それぞれ2〜3時間ほどカメラを構えて、日が暮れていく様子を撮影しました。そんなに長時間、海や空を眺めることってないじゃないですか。そうすると、太陽のオレンジが混ざったり、まちの灯りがつきはじめたり、波の動きがあったり。小さな変化がよくわかるんです。身近にありながら、見落としている自然の魅力がたくさんあるんじゃないかなって。 悟志:オリーブグリーンも、最初は実をイメージしていました。ただ実際は、ライトグリーンから徐々に紫がかっていくので、実が深い緑色になるタイミングってなくて。より印象に残ったのは、葉の色だったんですよね。その葉も、裏表があったり、裏側にはうっすら毛が生えているような感じがしたり。 画面上や頭のなかで「こうだろう」と見立てた色が、実際に行ってみるとそこにないことも多かったです。直接足を運んだことで、気づけることがたくさんありましたね。 綾香:観光パンフレットに載っているような“瀬戸内”のイメージってあるじゃないですか。天気がよく、波も穏やかで、青々とした瀬戸内海が広がっていて…という。そうではなくて、よりわたしたちの身近なところにある瀬戸内の色を表現したかったんです。 ダスクネイビーなんかは、きれいな夜景の雰囲気もありつつ、工業地帯の殺伐とした感じもある。そういう瞬間がリアルだと、個人的には感じていて。何気ない瀬戸内の魅力こそ、今回のシリーズを通して伝えたいですね。 悟志:各地をめぐるなかで、自分たちのものづくりに対する向き合い方にも変化があったように思います。 ――:詳しく聞きたいです。  悟志:ライスグリーンは、備前市で160年以上前からつくられている雄町米の色なんですが、じつは一度栽培が途絶えそうになっているんです。背丈が高く、病虫害にも弱いので、育てるのがとてもむずかしい。それを地元の酒蔵の前当主が復活させて、今に続いているそうです。 日生の牡蠣も、撮影時は市場でほとんど牡蠣を販売していなくて。唯一水揚げ作業をされていた事業者さんに話しかけると、今年は不作であまり出回ってないよ、と。大変な仕事だから、自分たちの代でやめようと思っている、ともおっしゃっていました。 環境の変化によって、1〜3年かけて育てたものが商品にならなくなってしまう。かといって、海水温をコントロールすることはできない。そんななかで、収穫の時期を早めたり遅めたり、いろんな工夫をしながら事業をされている。そういったお話が、同じものづくりをしている立場として、衝撃的で。 自然相手の仕事という意味では、オリーブやレモンも同じなんですよね。翻って、自分たちはどんなふうにものづくりをしていくのか。あらためて考えさせられました。 ――:帆布も、時代とともに使われ方が変化してきているものですよね。はじめはその名の通り船の「帆」として生まれ、高度経済成長期にはトラックの幌など、資材用途で大量生産・大量消費されて。近年はファッションやインテリアに取り入れられる機会も多くなっています。 悟志:壁紙やバッグ、ソファーの張り地など。人の手にふれるシーンが増えてきているように感じますね。 「SETOUCHI」シリーズをつくってみて、生地にふれるところから、実際にその場所に行ってみたい、その色を見てみたいとか。もしかしたら、それぞれの地域にも興味をもっていただけるんじゃないかなと思ったんです。帆布がそのきっかけになったらいいなと。 ――:帆布の可能性を広げるきっかけにもなりそうですよね。「SETOUCHI」シリーズの今後については、どんな展開を期待していますか? 綾香:わたしたちは、この瀬戸内という地域の自然や、先人が紡いできた歴史があってこそ、ものづくりができているのだと思います。そこからインスピレーションを受けて生まれた「SETOUCHI」シリーズは、瀬戸内の魅力を伝える生地でありたいと思っていて。 織りの密度が高く、経年変化によってより美しくなる。そういった、倉敷帆布が受け継いできた品質の部分はしっかりと守りながら、世界観や背景のストーリーも含めて共感してくださった方々とのコラボレーションの機会も、増やしていけたらいいなと思います。 悟志:瀬戸田のレモンの撮影に行ったときに、地元でお店をやっている方とお話しする機会があったんです。そこでレモンイエローの帆布の話をしたら、「めっちゃいいですね!」と言ってもらえて。今度、何か一緒につくらせてもらうことになるかもしれません。  いろんな方に使っていただきたいんですが、何よりこの7つの色が生まれた場所の方々に、いいなと思って使っていただけたらうれしいです。 —————— 「SETOUCHI」シリーズの制作は、わたしたち自身も、これまで当たり前にふれてきた帆布という素材や瀬戸内という地域と出会い直す、よいきっかけとなりました。 その過程で見えてきた帆布や瀬戸内の魅力を、ものづくりを通じて丁寧に伝えてまいります。